令和2年の武漢コロナ

 思い返せば、正月過ぎた頃からボチボチ噂にはなっていたような気がする。
 旧正月、中国の春慶節の頃には、コロナが武漢で流行していたのは明白だったのに、日本じゃ対岸の火事扱い……って、日本じゃ対岸の火事は火の粉が飛んできそうなので、地形的には他山の石的か。
 他人事と政府だか霞が関だかは構えていたが、多分に中国人の国内での溢れ返り具合にうんざりしていた庶民は「こっち来んな」モードだったと思う。
 無論、中国人観光客の落とす金が売上に影響する産業界が、日本人観光客が中国人の凄まじいパワーに辟易して観光地から遠のいていたのを、どう考えていたか迄は寡聞にして知らない。

 ただ、一般人は「武漢だけじゃなく中国人全部を入国禁止にしないと、感染症なんて食い止められない」とは言っていた。マスコミはそれを「差別扱い」と呼んでいたようだが、「君子危うきに近寄らず」というのをどう思っていたのか。マスコミは君子ではないから当然か。

 そして、ダイヤモンドプリンセス号がコロナ患者を乗せて来てからは、どうしようも無い。
 調べてみれば、確かにアレは重工の長崎造船所製なのだが、船主は米国のカーニバル社、船籍は英国。日本人がそれなりに乗っててツアーの出発と終点が横浜だったから、日本政府が引き受けたようなものだったのかもしれない。

 横浜について1ヶ月半してから、各国で国民を引き取りにチャーター機を出してきたが、まあ日本が船引き受けてなかったらどうしたんだろうね。

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