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zoom RSS レガシーと石碑

<<   作成日時 : 2016/11/21 00:37   >>

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 レガシーレガシーと2020年の東京五輪で五月蝿い。

 都民の一人としては、「何兆円もの都民の血税をせいぜい2週間の大運動会で消費するんですか」って気分。
そりゃあ、採用になった競技の団体は、自腹切らずに新築の専用運動場できて嬉しいかもしれませんがね。

でも、それって都の施設ですよね。都民どれだけ使うんですか。それ使って毎年東京都内でだけその競技の大会やるんですか。国体も毎年東京でやるんですか。

 ……違いますよね。国体は相変わらず全都道府県の持ち回りだろうし、ほんとに6万8千人だか8万人だかの収容なんて出来るんですか。都に国立競技場の建設費用どんだけ肩代わりさせるんですか。維持費にいくらかかるんですか。

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 実際のところ、3.11の地震が起きた段階で、慎太郎は五輪誘致から撤退すべきだった。東北復興のために五輪やりたいとかTVで喋ってるの見た時、開いた口が塞がらなかった。
 ちがうだろ、震災見て、五輪の補助金でインフラ整備したいだけだろとTVに突っ込んだ記憶がある。

 以前、カナダ旅行でモントリオールに行った時、現地ガイドが「冬季五輪をモントリオールでやった後、市の財政赤字が酷くて、市民は五輪を恨んでいた。メインスタジアムは『馬鹿でっかい無駄な灰皿』と呼ばれて馬鹿にされている」と説明していた。
 最近読んだ本でも、五輪やったら大半が赤字を30年とか抱える羽目になって、唯一の例外が都市計画がたまたま五輪と合致したバルセロナだけだったとあった。

 レガシーというけど、1964年の東京五輪の遺産だったはずの国立競技場はいとも簡単に潰したわけで。つまりJOCとか森喜朗とかゼネコンとか五輪利権に群がる連中にとって「レガシー」とはそれだけの価値でしかない。
「選挙の公約は膏薬で、すぐに貼り替えるもの」とは永田町の連中の節操の無さを表現した言い回しだけど、「五輪のレガシー」はそれに近い。
そんなので「レガシー」だの「遺産」だのというなと。
それなら日本には「記念碑」とか「石碑」とかいうものがあるので、それ建立すればいいだけの話である。ま、利権関係者にはまるきり旨味なんてないので、反対するだろうけど。

豊洲への市場移転があのざまで、築地に五輪道路=環状二号線が通るのは絶望的になったと報道されているが、どうせなら「お金ありませんから五輪返上します」と言ってしまえばいいのである。知事は恥をかくかもしれないが、そんなものそのうち忘れられてしまうだろう。むしろ、かつて青島幸男が世界都市博を中止した時並みに「いいことやったじゃん、刹那的イベントに無駄なエネルギー使わずに済んで」と都民にいわれるんじゃないか。

 ウィキペディアの「世界都市博覧会」の項目によると

1996年4月22日、東京都から最終財政影響額が発表された。これによれば、青島都知事に事務局側が「中止した場合、東京都に982億円(誤差は50億円)程度の損失が出る」と伝えていたのに対し、実際の損失額は610億円にとどまった。開催されていた場合に予定されていた支出である約830億円よりも220億円も下回ったこととなる。

とある。
 現在、東京五輪の開催予算は3兆円に膨れ上がっている。
 今年度の都の歳入予算は、一般会計7兆円、特別会計4兆円、公営企業会計2兆円。ただし公営企業とは上下水道局とか交通局とかの会計なので、五輪なんぞに使ってはいけないもの。一般会計の支出予算は6兆円。基本、役所は収支バランスをとった予算編成をするから、特別会計だろうがなんだろうが、五輪のために予算を削るのである。一括じゃないというのなら、ローン組むのか。返済に何年かけるのか。30年か。5年か。銀行に借りるのか。それとも都債出すのか。都債なら金利を良くしないとだれも買ってくれんわ。五輪都債とでもいうのか。その金利は、所詮は都民からの税収である。馬鹿馬鹿しい限りでしかない。
東京都民の納税者数は651万8746人だそうである。これが個人のみなのか法人も含むのかは不明であるが、払いたくもない予算であるので、払ってもいいという人に、「五輪予算」ということでふるさと納税でもしていただいたらよろしかろう。

 まぁ国立競技場は潰してしまったが、面倒くさいので、もう同じものを耐震基準クリアして作るくらいでいいよ(´Д`)ハァ。


それで記念碑でよく神社とかにある忠魂碑サイズとかそういう馬鹿でっかい石碑を建てるくらいでちょうどいい。

佐伯一麦が3.11のあとに東大の本郷キャンパスで「震災と言葉」という公開講義を2012年2月3日にやったそうで、その加筆などでまとめたのが、岩波ブックレットにある。
図書館でたまたま借りて読んだのは、うちの母親が仙台出身だったからである。
佐伯一麦が3.11の当日に作並温泉に居て、ほうほうのていで高台にある自宅に戻った後に海を見て絶句した、というのはわりと本人の弁として有名な話である。
その話がブックレットに載っていたのだが、その続きでこんな話がある。


仙台の隣の多賀城市には古来からの歌枕として「末の松山」というのがある。貞観の大津波が起きた当時、陸奥国の国府が多賀城に置かれていたが、その近くの小高い丘にこの「末の松山」があったが、その松を貞観大津波は越えなかったそうである。3.11の時もそこまでは津波は来なかった。


しかし、仙台市内、若林区にある「浪分神社」は貞観地震のあとに建てられたのがはっきりしており、その縁起に「蛸がくっついた薬師像が流れ着いたのを祀って蛸薬師堂が出来た」とある。つまり洪水はここまできたのではないか。


 3.11で洪水に呑まれた閖上には港から海を監視するための「日和山」があるが、ここも洪水に呑まれた。実はここは頂にあがる階段のとば口に「戒石」があった。碑文によると昭和8年の三陸大津波でここまで波が寄せてきたことを記してあった。3.11の津波で、この「戒石」は山の反対側まで流されていた。


こういう石碑はあまりにも日常に埋もれていて、災害の後で碑文に気がついたりするのだけれど、しかし小さなものでも実は「レガシー」なのである。だから、馬鹿馬鹿しいハコモノなんぞいらないといえばいらないのである。
「平成32年、2020年にここで二回目の東京五輪が開催された。開催期間は○月○日から○日間、競技人数は○人、日本の獲得メダル数は○個、その内訳は……」と、でっかい御影石の石碑にでも碑文を記録すればいいのである。さすれば、維持管理費にそれほど予算は喰わない。

それが嫌だというのなら、競技場を使う団体が、借金して専門施設にして貸し出して自分たちで管理運営すればいいのである。それを「そんな余裕の金はない」と言ってる自治体におんぶに抱っこで押し付けて、揚げ句「そのくらいの施設、当然作れよ」なんぞと凄んで言ってもらいたくはない。

ま、先日、森喜朗くんは「私たち(大会組織委員会)は都の下部組織ではない。都知事の命令で動かせる組織ではない」と言ったそうなので、下部組織じゃないなら主催者=都にいらんことをいう権利はないだろうし、大会組織委員会が実際に動かすというのなら、主催権は都から大会委員会に渡して、「ではお金とかどうぞそちらで集めて勝手にやってください。金を毟られるスポンサーだけになるのはご免です」と都知事は引導を渡すべきだろう。少なくとも、そのくらいの英断を都民として要望したい。


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